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スイス:フリブール

小島 瑞生(こじま みずき)

職業…公務員
居住都市…フリブール(スイス)

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地下トンネル病院の入り口。

地下トンネル病院の入り口。

 ジャージー島で一番訪れられている観光地が、第二次世界大戦中にナチスドイツ軍によって作られたという地下トンネル病院跡(Jersey War Tunnels)です。
 もともとは兵器庫・兵舎としての役割を期待して掘られた地下トンネルですが、終戦の近い1944年に連合軍からの攻撃を恐れたナチスドイツ軍が、死傷者を受け入れる病院に改築したのだということです。


このように暗いトンネルが1kmほども続きます。

このように暗いトンネルが1kmほども続きます。

 大戦中、英国本土・王室によるジャージー島含むチャンネル諸島の防衛がされないこととなり、いわば見捨てられた形となった島々。1940年に旧ドイツ軍が 諸島を占領する前に、島に残るか(降伏してナチスドイツ軍に従う)イギリスへ避難するかの判断を島民たちは強いられました。

 自分が生まれ育った島を見捨てて、イギリスへ行くか。イギリスへ行っても空襲から身を守らねばならない命の危険がある。では島に残るか。軍による占領生活が良いものになるとは思い難い――。
色々と家族中で悩み決断し、いざイギリス行きの船へ乗るべき港へ行ったものの、急に思い直して自宅へ戻ってみたら、近所の人々が自宅に押し入り、家具・私物一切合切を盗んで持ち去っていた……なんて悲劇もあったそうです。


トンネルの入場券は、戦時中島に在住していた人のIDカードを模したもの。

トンネルの入場券は、戦時中島に在住していた人のIDカードを模したもの。

 トンネル内は夏でもヒンヤリしているそうですが、私たちが訪れたのが10月だったので、外の気温と同じぐらいでした。多くのビデオ、画像、遺品、資料といった展示物が、迷路のように長くて暗いトンネル内に豊富にあり、色々と学ぶことができます。


堀りかけで未完成のトンネル部分が至る所に……。

堀りかけで未完成のトンネル部分が至る所に……。

 実際に手術室や病室も完備されたものの、使用することはなかったのだそう。
 未完成のトンネルでもあり、あちらこちらに堀りかけの場所もありました。これらの重労働はロシア、ウクライナ、フランスなど欧州各地から集められた捕虜者によってなされ、あまりの労働環境の悪さに命を失う人も少なくなかったようです。


当時の資料や写真、ビデオなどから、戦時中のジャージー島民の生活や苦労がうかがえました。

当時の資料や写真、ビデオなどから、戦時中のジャージー島民の生活や苦労がうかがえました。

 トンネル病院の外へ出た時の、あの解放感……。あのような辛い戦争が再び来ないように、平和を守っていけますようにと、現在の悲惨なテロや紛争が世界のあちらこちらで起こっている現在、改めて強く思います。


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