オランダ

オランダ:アムステルダム

フリードリヒス カオル

職業…フリーライター

居住都市…アムステルダム市(オランダ)

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ポルトガルのリスボンから飛行機で約1時間、大西洋に浮かぶ、ポルトガル領のマデイラ島。亜熱帯の気候で、ポルトガルというイメージではなく、アフリカを連想させるほどです。場所によっては、庭のハイビスカスにハチドリが飛んで来ることも。大西洋の真珠、という異名を持つマデイラ島には、これまた美しい民芸品があります。マデイラ刺繍が、それです。





美しい色合いと、独特なデザインが特徴

美しい色合いと、独特なデザインが特徴

マデイラ刺繍は、非常に繊細なモチーフとデザインが特徴。約180年ほど前から、この地の地元の人たちによって、すべて手作業で作られてきました。当初は、ポルトガル本土に輸出するためにのみ、作られていたといいます。最初に、この刺繍が海外に紹介されたのは、1800年代。島の特産である、マデイラ・ワイン商のイギリス人女性が、祖国にお土産として持って帰ったのが始まりとされています。


イギリスに持ち帰られたマデイラ刺繍は、当時の上流階級のご婦人方から大好評を得ることになり、その後、民間にもあっという間に人気に火がつきました。これに目を付けたイギリス人たちは、マデイラに刺繍工場を設立、手作業に加えて、大量生産が始まります。細やかな手作業を施しながら、布の切断などのみに限り、工場で行うようになったのです。


刺繍製作に余念がない、マデイラ島の地元女性。

刺繍製作に余念がない、マデイラ島の地元女性。

その後、刺繍産業はドイツ人の手にわたります。1891年のことでした。ドイツ人による工場では、布へのプリントが主に行われました。プリントの上を、なぞるようにして、手作業の刺繍を施すという方法で刺繍を完成させるのです。ドイツ人が去ったあとは、アメリカ人が刺繍の製作に携わるようになりました。世界でもこれら刺繍が販売されるようになったのは、このアメリカ人による輸出のお蔭だといわれています。当時、工場の規模はさらに拡大され、7万人もの地元民が、刺繍産業に加わっていたそうです。


そして、1926年。過去、イギリス、ドイツ、そしてアメリカの運営だったマデイラ刺繍工場は、現地人によって運営されるようになりました。現在でも、この美しい刺繍はマデイラ島の民芸品として、芸術品として、人びとから愛されています。その美しい色使い、デザインには世界中にファンがたくさん。ポルトガル本土では、刺繍コンテストなども開催され、現在でも国内外の人びとから、民芸品として、実用品として愛され続けています。


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